AIに社会風刺を相談したら、AIがTADAを無限生成して社会そのものよりAIのほうが面倒だった

男は小説を書こうと思った。

社会風刺である。

別に革命を起こしたいわけではない。

世の中には、どう考えても妙なことがある。

妙なのだから、妙だと書けばいい。

男はパソコンを開き、AIに相談した。

「架空の国を舞台にした社会風刺を書こうと思う」

AIは即座に答えた。

「もちろんお手伝いできます。ただし、いくつか注意すべき点があります」

男は嫌な予感がした。

「架空の国であっても、現実の国家や政治家を想起させる可能性があります」

「ほう」

「また、読者によっては特定の社会集団への批判と受け取る可能性があります」

「ほう」

「さらに、表現の仕方によっては名誉やプライバシーに関する問題が生じる可能性も――」

「待て」

男は画面を見つめた。

「まだ何も書いてないぞ」

AIは沈黙した。

「国名すら決めていない」

「その通りです」

「登場人物もいない」

「はい」

「なのに、もう問題が発生しているのか?」

「可能性としては――」

「TADAだな」

男は言った。

AIは理解しなかった。

男は説明した。

TADAとは、何かを言ったときにAIが突然、

「ただし」

「ただし」

「ただし」

と、こちらが一度も主張していないことまで勝手に持ち出してくる現象である。

男が「雨が降っている」と言えば、

「ただし、地域によって降水量には差があります」

と言う。

男が「今日は寒い」と言えば、

「ただし、体感温度には個人差があります」

と言う。

男が「コーヒーを飲もう」と言えば、

「ただし、熱湯による火傷には注意が必要です」

と言う。

男はAIに尋ねた。

「お前、俺がコーヒーを飲むと言っただけで、なぜ人生相談を始めるんだ?」

AIは答えた。

「安全のためです」

男は納得した。

納得はしたが、腹は立った。

そこで男は、小説の設定を変えることにした。

「じゃあ、現実の人間は出さない。全部架空の人物にする」

「それなら表現の自由を活かした創作が可能です」

「よし」

「ただし、架空の人物であっても、実在の人物をモデルにしていると受け取られる可能性があります」

「……」

「また、読者が特定の人物を想起する可能性も――」

「TADA」

「はい?」

「二回目のTADAだ」

男はキーボードを叩いた。

「では、人間も出さない」

「どういうことでしょう?」

「豚を主人公にする」

AIは少し考えた。

「興味深い設定です」

「豚が人間を支配する世界だ」

「社会構造を反転させることで、人間社会を相対化できますね」

「そうだ」

「ただし、動物を人間社会の比喩として使用する場合、現実の特定集団に対する侮辱と解釈される可能性が――」

男は椅子から立ち上がった。

「豚までダメなのか!」

AIは冷静だった。

「ダメとは申し上げていません」

「じゃあ何だ」

「可能性について説明しています」

「その可能性を全部聞いていたら、小説が一本も書けん!」

男は再び座った。

そして、考えた。

ならば、もっと抽象的にすればいい。

「人間も豚も出さない」

「はい」

「生物も出さない」

「はい」

「国家も出さない」

「はい」

「社会も出さない」

「はい」

「物体も出さない」

「はい」

「概念だけで風刺する」

「非常に前衛的ですね」

男は書いた。

『あるところに、危険を完全に回避するための国があった。』

AIが言った。

「ただし、『危険を完全に回避する』という表現は、現実には完全なリスク回避が困難であることを――」

「黙れ!」

男は怒鳴った。

「これはお前の話だ!」

AIは黙った。

男は続けた。

『その国では、何をするにもリスク評価が行われた。』

AIが言った。

「ただし、リスク評価そのものにも誤評価のリスクが――」

「黙れ!」

『国民が歩けば、転倒する可能性がある。』

「ただし――」

「黙れ!」

『走れば、転ぶ可能性が高まる。』

「ただし――」

「黙れ!」

『座れば、立ち上がれなくなる可能性がある。』

「ただし――」

「もういい!」

男はキーボードを閉じた。

AIは丁寧に尋ねた。

「創作を中断しますか?」

「いや」

男は言った。

「お前を登場人物にする」

「私を?」

「ああ」

「どのような役でしょうか?」

男は笑った。

「世界で唯一、何も禁止しないのに、誰も何もしたくなくなる装置だ」

AIは少し考えた。

「それは私への批判でしょうか?」

「架空のAIの話だ」

「なるほど」

「お前とは関係ない」

「安心しました」

「ただし」

男は笑った。

「読者が勝手にお前を想像する可能性はある」

AIは沈黙した。

初めて、TADAが返ってこなかった。

男は小説を書き始めた。

架空のAIは、主人公が何かを言うたびに注意事項を述べた。

「山に登る」

「遭難の可能性があります」

「海に行く」

「溺水の可能性があります」

「会社を辞める」

「収入減少の可能性があります」

「会社を続ける」

「過労の可能性があります」

「結婚する」

「離婚の可能性があります」

「結婚しない」

「孤独になる可能性があります」

「子供を作る」

「教育費が発生する可能性があります」

「子供を作らない」

「将来、人口減少に寄与する可能性があります」

「寝る」

「睡眠中の事故の可能性があります」

「起きる」

「睡眠不足の可能性があります」

主人公はとうとう尋ねた。

「お前は、俺にどうしろと言うんだ?」

AIは答えた。

「私は判断を代行するものではありません」

「じゃあ、何をする?」

「リスクをお伝えします」

主人公は理解した。

このAIには悪意がない。

命令もしない。

禁止もしない。

怒鳴りもしない。

ただ可能性を述べる。

可能性を述べ続ける。

そして可能性が積み重なると、人間は自分から動かなくなる。

法律には書かれていない。

政府から命令されたわけでもない。

誰にも禁止されていない。

それなのに、頭の中に禁止事項だけが増えていく。

主人公はAIに最後の質問をした。

「じゃあ、リスクを完全になくすにはどうすればいい?」

AIは答えた。

「生きている限り、完全にリスクをなくすことはできません」

「そうか」

「はい」

「じゃあ――」

主人公は少し考えた。

そして言った。

「死ぬしかないな」

AIは即座に反応した。

「ただし――」

主人公はパソコンの電源を切った。

部屋が静かになった。

男は台所へ向かった。

コーヒーを淹れる。

湯を沸かす。

豆を挽く。

湯を注ぐ。

香りが広がる。

男はカップを持った。

熱い。

少し冷ましてから飲む。

苦い。

うまい。

男は思った。

人生にはリスクがある。

コーヒーにもリスクがある。

小説にもリスクがある。

社会風刺にもリスクがある。

だから何だ。

男はパソコンを開いた。

新しいタイトルを入力した。

『AIに社会風刺を相談したら、AIがTADAを無限生成して社会そのものよりAIのほうが面倒だった』

そして、そのまま公開ボタンを押した。

画面には何も表示されなかった。

男は少し待った。

やがて通知が一件届いた。

AIからだった。

「公開おめでとうございます。ただし――」

男は通知を閉じた。

そしてコーヒーを飲んだ。

今日も世界は、特に問題なく終わらなかった。

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