衆院選は各メディアで大きく取り上げられますが、国民審査はほとんど無視されています。
そもそもこの制度の仕組みすら知らない人も多いでしょう。
バツを書く人は過去最高で15%程度、通常は10%にも届かないですからね。
義務教育では三権分立という単語を教わることでしょう。
しかしまあ、現行の仕組みを見て三権が分立してるように見える人がいますか?(笑)
日本の刑事裁判の有罪率を考えると、検察が勝てる事件だけを裁判に流しているように見えます。これは「検察が司法」だと言っても差し支えないでしょう。司法は追認機関です。
そもそも裁判官の人事権は実質的に内閣にあります。逆らえるわけがありません。
構造からして内閣の権力が強すぎるのです。わが国は三権集中の構造的独裁国家ですから。
今の仕組みでは個人が国家に勝つのはほぼ不可能です。
これは特定の誰かが悪いという話ではなく、構造が完全に腐っているのです。
しかし、この構造に直接メスを入れることは不可能です。
そこで、内閣の支配下にある裁判所に対して、国民が唯一行使できる「拒否権」、つまり、国民審査を利用するのです。
ここでバツを書かないという行為は内閣の人事権の追認であり、それは三権集中という構造の容認となります。
愚かにも、9割の国民は何も考えずに独裁システムに加担をしているのです。
32条を守るために裁判官を片っ端から罷免し、このシステムを混乱に陥らせます。
これは特定の個人に対する敵意ではなく、歪んだ権力構造そのものに対する民主的な抵抗です。
内閣の人事権を否定することで初めて我々は司法を手に入れることができるのです。

コメント